徳川家康公朱印状と朱印箱

「當院領山城國竹田内五百石之事全可院納并門前境内竹木諸役等全免除訖者守此旨仏事勤行修造不可懈怠之状如件」元和元年七月廿七日

 天正13年の豊臣秀吉公による当院寺領の設定は、徳川時代になっても歴代将軍より変わることなく保証され、運営されてきました。この写真は初代徳川家康公の朱印状です。内容は前に公開しました豊臣秀吉公のものと同様で、あの2通の内容を1通にまとめたようになっています。二代目以降は、「先判と同じく・・・」となりさらに簡略されています。


 この箱は、徳川将軍の朱印状を収めた箱で、聞いているところによりますと、将軍が替わる毎に、前回いただいている朱印状の写しを持って幕府に申し出、新たに朱印状を下附してもらっていたということです。その朱印状をこの箱に納めて大切に保管していたのでしょう。



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